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「ダイヤモンドダスト」は、宮城あおば さん に、著作権があります。
複製や転載の一切を禁じます。
 
宮城あおば さん 書き下ろし 短編小説
ダイヤモンドダスト  ―― 聖なる夜の贈り物    作者 宮城あおば さん


 「慎悟! グラタンとツナサラダ、まだ上がんねエのか!?」

慌ただしい調理場で、ひっきりなしにシェフの怒号が飛んでくる。
 「今やっていますって! グラタンにツナ……やっべエ!」
目の前にズラリと並ぶオーダーを処理しているうちに、
ツナサラダの注文だけが、慎悟の記憶から消えていた。
サラダを作り忘れて、メインの料理の方を先に出してしまった。
急いで取りかかろうとして、冷蔵庫を開けた時。
 「なんで!?」
朝から大量に仕込んでおいたはずの材料が、すべて使い尽くされている。
ツナのマリネは時間と手間がかかるため、用心して多めに作ったはずなのに。
キロ単位で用意したマリネは、どこにも残されていない。
一体いつから、無かったのか。どうして無くなったことに、気づかなかったのか。
 「最悪……」
空っぽになった容器を取り出すと、昨日から続く運の悪さに、しばらく頭を抱え込んでいた。
いや、運が悪かったわけではない。
気づかなかった自分に、全ての責任がある。
気づこうとしなかった自分の甘さに。
ステンレスで覆われた冷蔵庫の扉には、
空の容器を両手で抱きしめ、途方にくれる自分の姿が映っている。
その情けない光景が、嫌でも昨日の悪夢を、思い出させてしまう。


 「クリスマスの前にサヨナラしたいの。プレゼント、もらってからだと悪いでしょ?」
一年近く付き合ったにしては、あまりに事務的な別れのセリフに、慎悟は唖然とさせられた。
 「ちょっと、待てよ。理由ぐらい話していけよ」
自分でも格好悪いと思ったが、納得のいく答えをもらうほうが先だった。
忙しいなりに、互いにメールで連絡を取り、理解し合っていると思っていたのに。
彼女が「クリスマスぐらいは一緒に過ごしたい」というから、
スケジュールをやりくりして、 プレゼントまで用意したというのに。
すべて自分の勘違いだったのか。それを確かめたかった。
いつもは優しく笑いかける口元から、冷めた吐息が漏れた。
 「わたし、夢を追いかけて頑張る人より、ずっと傍にいてくれる人の方がいいの。
どうせ慎悟は、イギリスに行っちゃうでしょ?」

 「添乗員になるのが、俺の夢だから。そのために留学して、英語の勉強をしたいと思っている。
だけど、それを承知で、俺達つき合ったんじゃないか?」

 「そうよ。でも、こんなに寂しい思いをするなんて、知らなかったの。
慎悟はアルバイトばかりで会えないし、夢を叶えた後は、もっと遠くに行くんでしょ?」

 「それは……」と言いかけて、答えに詰まった。
親の力を借りずに、自費留学を計画している慎悟は、複数のアルバイトをかけ持ちし、
その資金を貯めている。
専門学校に通う以外は、すべての時間を働いて稼ぐことに費やしている。
この一年間、ゆっくり彼女と過ごした記憶はない。
きっと、留学してからも、その後もずっと。
一緒に過ごす時間どころか、日本にいるという保証すら出来ない。
 「寂しい思いをするために、アナタとつき合ったわけじゃないから……さようなら」
最後に言われた彼女の言葉が、いつまでも胸に刺さったままだった。
大切にしていたつもりだったのに、結局、悲しませただけだったのか。
いきなり訪れた失恋は、慎悟に混乱だけを残した。
ただ、一つだけハッキリしたことは、その大事な彼女を追いかけず、己の夢を握り締めている事実。
心から好きな相手より、自分で決めた夢の方を。
傲慢、独りよがり、身勝手……夢を追いかけるために、あらゆる物を犠牲にした結果、
いま手にしている現実の中には、こんな言葉だけが転がっていた。


 「グラタン、ツナサラダ、ピザ、カキフライ、お子様ランチも、まとめてアップ!」
胸に刺さったトゲを振り払うようにして、慎悟は次々と料理を仕上げていった。
幹線道路から外れたファミリーレストラン。
ここは、チェーン店の中でも年間売り上げ最下位の上に、
休日のディナータイム以外は閑古鳥が鳴いている。
調理場を取り仕切るシェフは、「見た目と、速さと、清潔さ」のみ重視しており、
彼の唯一の自慢は、未だ食中毒患者を出していないという事だけだった。
そんな店だからこそ、調理師免許を持たないアルバイトの慎悟でも、
社員と同じように働かせてもらえるわけだが、今夜だけは例外らしく、いつもの三倍は忙しい。
さびれた店に例外を作る理由。
それは、今夜がクリスマスイブだから。
一年に一度の聖なる夜。
クリスチャンでもないカップルたちが、何故かとても大切にしている夜。


「追加のオーダー、入るぞ!」
矢継ぎ早に舞い込むオーダーにあおられ、次第に注意力が散漫になっていく。
しかも、さっきからシェフは、注文の指示をわざと偏らせている気がする。
「どうした、元・テニス部! いつものスピード、見せてみろよ。和風ハンバーグ、あと五分で仕上げろ」
「シェフ……俺だけオーダー票の数、やたら多くないッスか?」
やはり、今夜の彼はおかしい。
通常は平均に割り当てるはずの伝票を、一人だけ集中的に渡してくる。
いくらバイト歴が長いとはいえ、これではさっきのようなミスが出ても不思議ではない。
「うるせエ! 俺は、忙しいのがキライなんだ」
やる気と対極にいるシェフは、予想を超えたイブの忙しさに、かなり苛立っている。
要するに、八つ当たりの標的にされているらしい。
「社員がそんなことで、いいんですか?」
すでに出来上がっているハンバーグのタネを取り出すと、慎悟は鉄板で焼き目をつけた。
この間に、脇に添えるつけ合わせを用意しなければならない。
冷凍のフライドポテトを油に突っ込むと、
その手でフライパンを掴み、反対の手でソテーに使用するバターをすくっていた。


慎悟の慣れた手つきに目を細めながら、シェフがちょっかいをかけてきた。
「オマエ、留学なんかしないで、この店の社員になったらどうだ? オレが仕込んでやってもいいぞ」
「冗談やめてくださいよ。誰がこんな店に……」
言ったあとから「マズイ!」と思ったが、すでに遅かった。
包丁を握ったままのシェフから、飛び蹴りが加えられる。
「痛ッ!なにするんですか、シェフ!」
蹴られた跡がひどく痛むが、ここでフライパンから手を離すわけにはいかない。
バターを使うホウレン草のソテーは、すぐに焦げ付いてしまう。
こまめにフライパンをゆすって、火加減を調節しながら、慎悟はシェフに文句をつけていた。
 「自分だって、いつも言っているくせに……」
 「俺は元・サッカー部なんだ。元・テニス部のオマエより、蹴りに関してはエキスパートだ」
 「どういう自慢なんッスか?」
 「俺の蹴りを二度喰らって、まともに立っていたヤツはいない。
  せいぜい怒らせないよう気をつけろって話だ。三発目には、たぶん死ぬぞ」

 「ハイ、ハイ、わかりました」
 「それより、さっさとハンバーグ仕上げろ。和風ソースかけるのを忘れるなよ」
 「ハイ、ハイ」


通常は夜の10時を過ぎれば、パタリと客足が途絶えるはずだが、さすがにイブは、そうはいかない。
聖なる夜なら教会にでも行けばいいのに、
なぜかカップルたちは、失恋直後の男が働く店へ、狙ったように押し寄せてきた。
オーダー票の客数に「2」という表示を見るたびに、慎悟のテンションはガツンと下がり、
さらに料理の数が奇数だと、もっとヘコんでいった。
虚しいというのは、この状態を言うのだろう。
一つの料理を分け合うカップルのために、
自分は失恋の痛手を背負いながら、ひたすらフライパンを動かしている。
失恋のショックから立ち直る間もなく、
料理を作り、デコレーションまでして、楽しいクリスマスを演出するための手伝いをしている。
 「フライドチキン・クリスマスバージョン、上がり!それから、ラザニアと和風ハンバーグも同時アップ!」
手際よく並べられた料理の数は、このバイトに費やした時間の長さを、見事に現していた。


 「慎悟、腹減っただろ?」
12時近くになって、ようやく閉店の準備に取りかかった慎悟に、シェフが声をかけてきた。
 「もう、死にそうッス」
 「ほら、食えよ」
シェフから差し出されたのは、店のメニューにはない料理だった。
オムライスのうえに、ケチャップではなく、ハンバーグで使用する和風ソースがかかっている。
 「これは?」
 「俺の特製『和風オムライス』だ」
正直、味は期待しなかっただけに、一口食べて驚いた。
醤油味の和風ソースが、塩だけで味付けした中のライスと調和し、
ふわふわしたタマゴがまろやかさを加え、全体的に深い風味のある一品に仕上がっている。
 「見た目と、速さと、清潔さ」だけを重視する人間が、
あり合わせの材料で、ここまで美味い料理を作るとは想像もしなかった。
 「マジ、ウマッ!」
 「その和風ソースは、炒めたネギと一緒に、酒と熱を加えるだけで、結構いい味になる。
  クソまずいソースでも、料理人の腕次第で、一流に変えられるって見本だ」



厨房で堂々とタバコをふかしながら、
シェフは『和風オムライス』を頬張る慎悟の姿を、満足げに見つめていた。
 「失恋には、塩辛いものが一番だからな」
 「失恋って……知っていたんですか?」
 「あったりまえだ。バイトの鬼のオマエが、珍しくクリスマスに休みを入れたと思ったら、
  急にキャンセルして出勤してきたんだ。理由は一つしかないだろう」

 「当たりッス!みごとフラれました。アハハハ……」
無理して笑ってみせたが、後半はため息に変わっていた。
全てお見通しのシェフの前では、強がりも長くは続かない。
 「大切なものって、二つ追いかけちゃいけなかったんですね……」
最低の気分へと落ち込むついでに、思わず弱音を吐いていた。
 「二つどころか、一つだって。
  大事な人を傷つけて……俺なんかに、本当に夢が叶えられるのかなって……
  もう一つの方も、だんだん自信なくなってきて……」

  「今夜は適当に切り上げて、さっさと帰るか」
吸いかけのタバコを揉み消すと、すぐにシェフは帰り支度を始めた。


店の外に出たとたん、ひんやりとした新鮮な空気が頬をかすめた。
クリスマスだからといって、厳かな雰囲気があるわけではない。
けれど、夜の冷え切った空気は、街中の汚れをいったん鎮めて、澄んだ空間を作り出していた。
  「シェフ……もしかして、ずっと俺に注文を押しつけていたのは、落ち込む時間を与えないために?」
その質問に答えるつもりはないらしく、シェフはまったく別の問いかけをした。
  「前から聞こうと思っていたんだが、なんでイギリスに留学したいんだ?
   日本からなら、アメリカのほうが近いだろう?」

  「そりゃ、英語の本場ですから。どうせだったら、本物の英語を身につけたいと思って」
  「本物か……だったら、ダイヤモンドダストを見られるかもしれないな」
  「ダイヤモンドダスト?」


ダイヤモンドダスト ―― 
氷点下二十度を超える冷気の中で、大気中の水分が凍ってできる、氷の結晶。
そこに太陽の光が注がれると、ダイヤモンドのように輝きだすことから、その名がついている。
運よく見ることが出来た人間は、幸福になれるという言い伝えもあるが、これは定かではない。
白い息を吐きながら、シェフは懐かしそうな顔して、空を見上げていた。
  「むかし、函館で板前の修行をしていたときに、何度かダイヤモンドダストを見たことがある。
   スッキリ、いやシャキって感じだな。
   辛口の日本酒みたいな空気中に、キラキラって、光るんだ……
   ちょうどグラニュー糖が、目の前で踊っているみたいだった」

 「日本酒の中で、グラニュー糖が踊るんですか?」
恐らく、湿気を持たない厳しい寒さを「辛口の日本酒」とし、
結晶の細かな輝きを「グラニュー糖」に例えたのだろう。
いかにもシェフらしい表現だが、
見たことのない人間にとっては、マズそうなイメージが先行して、肝心の視覚の印象が薄らいでしまう。
 「オマエには、俺の詩的センスは、理解できないだろう?」
 「っつうか、センスな……イテエッ!」
 「センスがない」と言い終わらないうちに、シェフの蹴りが炸裂し、慎悟はその場に倒れこんでいた。
 「『気をつけろ』って言っただろうが! ったく、学習能力のない野郎だ」
 「シェフこそ、少しは加減してくださいよ。いまの、マジ痛かったッスよ」
 「残念だが、蹴りに関しては、手加減できない体質だ。諦めろ」


これ以上、彼を怒らせないために、慎悟は表現の話題から離れることにした。
 「で、結局ダイヤモンドダストって、寒いところで見られるんですよね?」
 「ああ、そうだ。だけど、俺が見たのは違っていた。
  ずっとダイヤモンドダストだと思い込んでいたが、それは風に吹かれて飛び散った、雪の粉だった」

 「それって……?」
 「ニセモノだ」
自嘲気味に笑いながら、シェフが続ける。
 「『ダイヤモンドダストは、凍えるぐらい寒くならなきゃダメだ』って、
  地元の人が教えてくれた。もっと厳しい環境じゃないと、拝めなかったんだ」

 「だったら、イギリスなら、見られるかも」
 「ああ。それに、オマエなら……な」
 「俺なら?」
 「なりふり構わず、夢を追いかけている奴なら、神様だって本物を見せてくれるだろ」
一瞬、シェフの顔つきが変ったような気がした。
先ほどの蔑むような笑いではなく、自信に満ちた笑顔。
かつて彼も、夢を追いかけたのかもしれない。
あるいは、今でも。だからこそ、知っているのだろう。
「本気で追いかけていれば、必ず夢は叶う」ということを。


 「慎悟。そろそろ、喉が渇いてきただろう? 一杯つき合えよ」
そう言ってシェフは、駅に向かって歩き始めた。
 「失恋には、塩辛いものが一番だ」と言って、
先ほど彼が出したオムライスは、慎悟を酒に誘うための「前菜」だったらしい。
 「最初に言っておきますけど、俺けっこう強いですよ」
 「今夜は俺のおごりだ。好きなだけ飲め。クリスマスプレゼントってヤツだ。
  可哀想な独り者のために、俺がとことん付き合ってやる」

 「自分だって、彼女いないクセに……ってシェフ。今のキャンセル!」
 「オマエ、やっぱり学習能力ないらしいな」
 「シェフ、ちょっと待っ……イッテエェェェ!」



今宵、みなさんの夢も輝くことを願って…… A Happy Christmas!

-Fin-
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